演劇教室の発表会が終わりました。
毎年、春と秋。幸せな季節です。
みなさんのお人柄に触れ、そのお人柄をもとにあてがきをして書いた本。
わたし自身も保守に走ることが多くなって、生活のために駆け抜けた日々の想いを作品として昇華させました。
模倣をとにかく何度もなぞる。そこからきっとオリジナルは生まれるだろうと信じる仕事を何度も繰り返して。
ずっと悔しく感じていたことは、
唸ることも、渋ることも、抱えることも、騒めくことも、怒ることも、全部気持ちが沸点に達することもなく、低体温のまま、毎日が過ぎていき、人に対する熱も下がり、とりあえずランシュー履いて、大阪城をぐるぐる走って、子どもらが通ってきた通学路を走ったりして、自分の中で火がつくことを静かに待つしかなく。
でも、苦しい想いや、その中にある一握りの喜びというものや、揺るぎなく使い古したポリシーを、作品として形にできることはわたし自身を救う救済方法でした。
書いてる最中は、こんなものがどこがいいのかわからなくて、しゃらくせえとか思ってしまうけど、でも役者さんがそれを声にした途端にだんだんと自分の身体に血が通っていく感覚がする。
そうして、役者さんがただの文字に血を通わせ、ほとばしる熱のクレッシェンドに、あー、全部の答え合わせが出来たような気持ちになり、幸せな気持ちになる。
いい作品を作るというよりは、この作品を通して、役者スタッフ共に目には見えない世界線の中で手のひらを合わせていくことの喜びを体現してもらえたら目的達成というかんじです。
人生は有限だから、そんな中で、偶然を装った必然で集まったメンバーと、同じ世界線で分かち合うもの。
すごく楽しかったです。
なんにも感じない心でというより、何にも感じないように生きた方が、傷も浅く、治りも早い。
無難に生きる。関わらないで。関わりたくない。
そんな最近のわたしをいつも救ってくれる演劇教室には感謝しかありません。
もっと感度を上げて!
って何度か役者さんに言うたびに、これは全部私自身への檄だとベクトルを内側に向けて。
いっぱい素直に笑って、いっぱい素直に泣いて。
たくさん怒って、たくさん気持ちを揺るがして。
そして、どうしようもなく、しょうもないことで笑い合うことができたのなら。
普遍をちゃんと愛せるように。
本当にありがとうございました。
お疲れ様でした!






