まり先生のまなざし

右目0.1 左目0.2 乱視のドライアイ

傘も差さずに濡れていたいという理想

演劇教室の発表会が終わりました。
毎年、春と秋。幸せな季節です。

 

みなさんのお人柄に触れ、そのお人柄をもとにあてがきをして書いた本。

 

わたし自身も保守に走ることが多くなって、生活のために駆け抜けた日々の想いを作品として昇華させました。

 

模倣をとにかく何度もなぞる。そこからきっとオリジナルは生まれるだろうと信じる仕事を何度も繰り返して。

 

ずっと悔しく感じていたことは、
唸ることも、渋ることも、抱えることも、騒めくことも、怒ることも、全部気持ちが沸点に達することもなく、低体温のまま、毎日が過ぎていき、人に対する熱も下がり、とりあえずランシュー履いて、大阪城をぐるぐる走って、子どもらが通ってきた通学路を走ったりして、自分の中で火がつくことを静かに待つしかなく。

 

でも、苦しい想いや、その中にある一握りの喜びというものや、揺るぎなく使い古したポリシーを、作品として形にできることはわたし自身を救う救済方法でした。

 

書いてる最中は、こんなものがどこがいいのかわからなくて、しゃらくせえとか思ってしまうけど、でも役者さんがそれを声にした途端にだんだんと自分の身体に血が通っていく感覚がする。

 

そうして、役者さんがただの文字に血を通わせ、ほとばしる熱のクレッシェンドに、あー、全部の答え合わせが出来たような気持ちになり、幸せな気持ちになる。

 

いい作品を作るというよりは、この作品を通して、役者スタッフ共に目には見えない世界線の中で手のひらを合わせていくことの喜びを体現してもらえたら目的達成というかんじです。

 

人生は有限だから、そんな中で、偶然を装った必然で集まったメンバーと、同じ世界線で分かち合うもの。

 

すごく楽しかったです。

 

なんにも感じない心でというより、何にも感じないように生きた方が、傷も浅く、治りも早い。
無難に生きる。関わらないで。関わりたくない。

 

そんな最近のわたしをいつも救ってくれる演劇教室には感謝しかありません。

 

 

もっと感度を上げて!

 

 

って何度か役者さんに言うたびに、これは全部私自身への檄だとベクトルを内側に向けて。

 

いっぱい素直に笑って、いっぱい素直に泣いて。
たくさん怒って、たくさん気持ちを揺るがして。
そして、どうしようもなく、しょうもないことで笑い合うことができたのなら。

 

普遍をちゃんと愛せるように。

 

本当にありがとうございました。
お疲れ様でした!

 

傘を刺さずに濡れていたいという理想

演劇教室の発表会が終わりました。
毎年、春と秋。幸せな季節です。

 

みなさんのお人柄に触れ、そのお人柄をもとにあてがきをして書いた本。

 

わたし自身も保守に走ることが多くなって、生活のために駆け抜けた日々の想いを作品として昇華させました。

 

模倣をとにかく何度もなぞる。そこからきっとオリジナルは生まれるだろうと信じる仕事を何度も繰り返して。

 

ずっと悔しく感じていたことは、
唸ることも、渋ることも、抱えることも、騒めくことも、怒ることも、全部気持ちが沸点に達することもなく、低体温のまま、毎日が過ぎていき、人に対する熱も下がり、とりあえずランシュー履いて、大阪城をぐるぐる走って、子どもらが通ってきた通学路を走ったりして、自分の中で火がつくことを静かに待つしかなく。

 

でも、苦しい想いや、その中にある一握りの喜びというものや、揺るぎなく使い古したポリシーを、作品として形にできることはわたし自身を救う救済方法でした。

 

書いてる最中は、こんなものがどこがいいのかわからなくて、しゃれくせえとか思ってしまうけど、でも役者さんがそれを声にした途端にだんだんと自分の身体に血が通っていく感覚がする。

 

そうして、役者さんがただの文字に血を通わせ、ほとばしる熱のクレッシェンドに、あー、全部の答え合わせが出来たような気持ちになり、幸せな気持ちになる。

 

いい作品を作るというよりは、この作品を通して、役者スタッフ共に目には見えない世界線の中で手のひらを合わせていくことの喜びを体現してもらえたら目的達成というかんじです。

 

人生は有限だから、そんな中で、偶然を装った必然で集まったメンバーと、同じ世界線で分かち合うもの。

 

すごく楽しかったです。

 

なんにも感じない心でというより、何にも感じないように生きた方が、傷も浅く、治りも早い。
無難に生きる。関わらないで。関わりたくない。

 

そんな最近のわたしをいつも救ってくれる演劇教室には感謝しかありません。

 

 

もっと感度を上げて!

 

 

って何度か役者さんに言うたびに、これは全部私自身への檄だとベクトルを内側に向けて。

 

いっぱい素直に笑って、いっぱい素直に泣いて。
たくさん怒って、たくさん気持ちを揺るがして。
そして、どうしようもなく、しょうもないことで笑い合うことができたのなら。

 

普遍をちゃんと愛せるように。

 

本当にありがとうございました。
お疲れ様でした!

 

マラソン2年生。

マラソン2年生。
あー、わたしと一緒だー😊ってブックオフで買った本。
そして、ランニングの化学。
たくさんのランの先輩達はいろんなエピソードを越えてきてるんだろうなぁなんて想像しながら、読み始める。

 

 

生徒さんによく『世界にちゃんと没入すること』を伝えます。

これがとっても難しいようです。
外からのいろんなものを気にしたり、自分自身を俯瞰で見つめすぎていたり。

そして、俳優の基礎練は何のためにあるのかというとフィジカル面のためでもあるけど、緊張しない身体で、どんな状況でもリラックスし、ちゃんと本領発揮をするためのものだと思っています。

マラソンは私にとって生きがいでもあり、息抜きでもあるけど、リラックスして生活に挑むための鍛錬として向き合ってます。

ただ、私は演じ分けが下手。
だから、まだ俳優になりきれてない。
ちゃんと世界を分けられる人がお芝居上手ですね、となる。
テクニックだけの人は下手だなあって思ってしまう。

3年半前に1人芝居フェスに参加したことがあって、その時は今よりもっと緊張があって、どこか違う所で自分のことを笑って見てるもう1人の自分がいました。
板に上がる直前。手も足も震えていました。

でも、筋トレ、マラソンを始めてから、もうそういうことはありません。

へんなの。

辛いこととか悔しいこととか悲しいこととか腹立つこととかなんかいろいろあるけど、でもそれは緊張をちゃんと失うための課題なんだろうなあと思っています。

でも、こんな風に理屈ばっかりもアホらしくなる。

すぐなんでも忘れるアホにもなりたいし、ほんと生き抜くってめんどくさいですね。

それを再現する演劇というものはそりゃあ簡単には技術なんて得られるわけがないだろうよと思う。

結局、夢中にさせる技術を磨くのが演技講師の仕事なんだろうなとか考えました。

っていう個人的な感想でした。

#ランニング

遠いところに手を延ばすということ。

久しぶりにBARに顔を出しました。

ずっと気になっていたチョッキのウサギさん。
バーテンダーのシローさんにウサギが可愛いことを伝えたら、あげるよってくれた。

 

チョッキを着ているところや、少しぽっちゃりしているところ、角度によっては不細工なところだったり、お尻の部分が雑に処理されているところや、手足がムチムチしていて赤ちゃんみたいなところ、横顔めっちゃ不細工、なにより1番惹かれるところは、への字のお口。

 

どこか不満を抱えてそうなところ、なんか我慢してそうな感じのところ。
でも、お耳にリボンつけちゃったりして、頑張ってるところがとっても好きポイント。

 

瞳に何かを宿らせてる人はとても魅力的。

多くを語らない人、気になる。

いつも元気な人がふと寂しそうな表情をした時になんだかすごく気になってしまう。

なに考えてるんだろうって想像出来ない人は何故か気になってしまう。

どうしてそんなにどっか遠いところにいこうとするのーって気になってしまう。

 

だから、あんまり長く誰かと一緒に時を共にしたりすると、いっぱい心配になったりしてしまうから、最近割り切り始めた。

 

今日は今日。今はこの今で終わり。
さっぱりさせる。

 

台本を同時進行で2本書いていて、気持ちがうえーって、なる。

 

フィクションとはいえ、演劇作品というのは、ある種の思いやりと自己投影なので、書く方は本当に心が疲弊する。

 

おかしな言葉や文脈でホンモノを隠していく作業というのに美しさを感じるし、ちらちら見え隠れするホンモノがとてもエロくて、そういうものを作っていきたいんだけど、本を書いていくのは、ずーっと気持ちを続けていかなければならないので、普段の生活の中でも頭のバックヤードでずっと蠢いていて、すごく疲れる。

 

本が書き上がると、その後は演出が始まる。
この演出は告白のようなもので、これもすごく疲弊する。
もやもやもやする。
得体の知れないものと向き合う感じ。
腹の探り合いな感じ。
お互いにコンディションが悪ければ、好きの言葉も態度も不信に変わる。

 

演劇作品を創作する時は、勝手に舞い上がって、勝手に相手を振ったり、相手に振られたり、思いもよらないところから好意を寄せられたり。

 

でも幕が上がると、どうでもよくなる。

好き、だから抱く!以上。

 

本当、今まで不安に思って募らせたあの時間はなんだったのと思う。

 

あー、演劇はほんとコスパ悪い。
でも、好き。めんどくさいのに好き。
本当は嫌い。心を弄んでくるから嫌い。
でも、なに考えてるんかよくわからへんからすごく気になる。


心を開けてみたい。撫でたい。触れたい。抱きしめたい。


でも、反応悪い時あるから、やっぱり嫌い。

でもな、好き。

 

この気持ち、クリエイターならわかってもらえませんか。

 

オレがアイツでアイツがオレで的なこと

本当に自分が嫌で嫌で。

なにが嫌かっていうと自分を越えようとするところがとても嫌いなんです。

走ってる時なんかによくわかるんです。

1キロ6分30秒で走り続けることが1番安定だってするし、楽しく走れる。

なのに結果ばかりを優先して、5分30秒で走りたがろうとする。

でも、オレは5分30秒は合ってないんですよ。

ゆっくり積み上げればいいものを。

なぜそんなに急ぐのか。

目標に向かって前を向いてかっこよく走れているつもりでいるんだろうけど、

本当はキョロキョロと違う道の上を走るアイツのことばかりを気にしている。

アイツがペースを上げればオレだって上げる。

アイツが体力奪われたならオレもなぜだか奪われ始める。

 

マインドが乱れる。

 

ペーサーが欲しい。

オレの走るこの道がオレの道なのかを確かめさせて欲しい。

 

ゴールテープが欲しい。

オレの走る道はどこに辿り着きたい道なのかを確かめさせて欲しい。

 

1人は怖い。

目に見えない何かを信じるのが怖いことは当たり前のことなのかを確かめさせて欲しい。

 

目を凝らしてもなにも見えないのはオレのせいなのかオレのせいじゃないのかを確かめさせてほしい。

 

オレのこの危うい視界の中でなにを信じて走ればいいのかを確かめさせて欲しい。

 

この道でオレは合っていますか?

 

オレがアイツでアイツがオレで。

 

オレが気になるアイツは正直ダレなんだ?

 

…誰かわからない。ずっとわからない。

 

オレの軸足が大怪我をしてしまった。

 

オレは今、それを支えるための何かを必死に探している。

 

オレにとっての添え木がなんなのか。

その添え木を探すことが一生懸命生きることなんだろうか。

 

今日の演劇教室。

すごく楽しかった。

 

みんなの悔しさも喜びも希望もわかるよ。

 

自分を越えたいのはきっと寂しいからなんだろうな。

 

今日の私はちゃんと弱くいられた気がする。

 

本当にありがとうございます。

少しだけ繋げられるような気がした。

わかんないけど。

 

 

 

 

まなざし。

昨日より今日。

今日より明日。

 

今日の私は昨日の私とは違う。

明日の私は今日の私ではなくなる。

 

日々、私は変わり続けていて、

今日まなざしを向け合ったこの瞬間は今日だけのもの。

 

明日のまなざしは別のもの。

 

だから、今日限りの2度と再現できない1日1日を大切にして過ごす。

 

気がついたこと。

やろうと思ったことはすぐにはじめる。

 

例え良いことに気づいたとしても、

 

これが終わってからにしようとか、

休憩してからにしようとか、

 

自分に言い訳をして、後回しにしようとする。

 

気がついた時がチャンス。

 

とにかく失敗を怖がらないで行動に移していくこと。

 

・・・

 

全部、子どもに教わったこと。

 

生きている限り、どこかで必ず繋がっている。

 

どんなに手が離れても。

 

自分を大切に、自信を持って、信念を貫いて。

 

卒業おめでとうございます。

 

 

 

ミリオンドリームズ

変身フェス!まで1ヶ月。

演劇の世界に飛び込み、26年。

子役講師から始まり、シニア世代専門演技講師へと転身。

子どもの頃からなりたかった教師。

両親と叶えてみたかった夢。

演劇を愛していること。

 

この3つを叶えたものが、まり先生。

 

舞台の上なら、どんなことも叶えられる。何にでもなれる。

 

昔見た、『THE GREATEST SHOW MAN』の世界に憧れ、

 

その珠玉の人間讃歌を私の身体一つで実現させたいと思った。

 

変えられない世界も変えられるはず。

 

『最も崇高な芸術とは人を幸せにすることだ』

 

たくさんの方たちの希望を胸に抱えて。